Posts categorized "02)語学は暗記と覚悟すべし"

学んだ事柄を記憶にとどめない限り、何かを本当に学んだということにはならない

この言葉は、「中世ヨーロッパの情報文化:記憶術と書物」(メアリー・カラザース著 工作舎)からの引用です。
この本は、中世ヨーロッパで、文化の伝承・生成において、「記憶」が重要な位置を占めていたことを解き明かしています。
上の言葉を私たちのために言い換えれば、
「学んだ中国語を記憶にとどめない限り、中国語を本当に学んだということにはならない」
となります。

以下、同書から、いくつか引用します。暗記とか、記憶とかいうことを、現代人である私たちは、何か古臭いことのように感じがちですが、本来の意味での学習ということを考えるとき、以下の言葉は、重みを持って心に響いてきます。

現代社会では、物事を「ほんとうに知っているか」どうかは、教えられたことをさまざまな状況で実践する能力の有無で判断される。(アメリカの教育界では、これを「創造的な学習」と呼んでいる。)学習をこのようにとらえる点では、私たちも中世の著述家も変わりはない。彼らもまた、教育とは知識から経験と手法を築き上げることと、考えていた。しかし、私たちがなぜ「記憶」を「学習」から切り離すのかは、彼らにはとうてい理解できないだろう。
中世の著述家たちにしてみれば、知識を実用的な経験に変えられるのは記憶のおかげだし、経験と化した情報の断片を、私たちが「アイデア」と呼ぶもの……彼らならたぶん「見識」とでも呼びそうなもの……に組み立てられるのも、また記憶のおかげにほかならないのである。

中世では、書物が少なかったため、記憶することで学問を修めなければならなかった。
(※私たちも、中国語で会話するとき、会話の本を片手に単語や文を探しては会話するということはできない。学んだ事柄を記憶していなければ役に立たないのだ。)

人々は自由七学科を学ぶことに情熱を傾け、学んだことはすべて完全に記憶したという。それゆえ、後で何か書くときでも、あるいは問題の解決や証明にあたる場合でも、その内容にかかわらず、参考になりそうな規則や根拠を求めて、自由七学科で学んだ本のページをあちこちめくる必要はなかった。それどころか、たちどころに必要な事項が頭の中に浮かんだという。

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「実用漢語課本」との格闘 
③500ページの中国語を頭に叩き込む方法

「漢語課本BOOK2」500ページを頭に完全にインプットする方法とは、
結論から言うと、「音読」と「筆写(テキストを書き写すこと)」です。

音読を200回以上、筆写を100回以上やれば、500ページの中国語が、そっくり頭に刷り込まれます。
これは、私が実際に自分で経験したことですから、自信をもって言えます。

その効果は、

①「漢語課本」には、各課に「練習」があります。いろいろな練習がありますが、中に、「本文にもとづいて質問に答えなさい」というものがあります。
たとえば、「ポーランカとクーパーは、なぜ日曜日に丁大娘の家に行けなくなってしまったのですか?」というような質問です。本文を理解していれば、日本語ではすぐに答えられるはずです。「ポーランカが、金曜日の夜、窓をあけたまま寝たので、土曜日に風邪をひいてしまったからです」という具合に。
もしも、本文が身についていなかったら、日本語で思い出してから、必死になって作文しなければなりません。あるいは、本文の中の該当部分を探して、その中国語を答えることになります。
しかし、本文が身についていれば、つまり、すっかりインプットされていれば、ただちに頭の中から答えを引き出して、口頭で、あるいは書いて、答えることができるのです。
テキストの本文のとおりに答えることもできます。要点だけかいつまんで答えることもできます。これが、身についたということなのです。本文を読んで理解できた、というだけでは、こういうふうにはゆきません。

仮に、「本文の内容を説明してください」という問題があったとしても、すぐに答えられます。本文をそっくりそのまま答えることもできます。頭の中の本文をものすごいスピードで検索しながら、ポイントだけを要約して答えることもできます。

こういうことができるようになったとき、そのテキストを身につけたといえるのです。つまり、基本を身につけたといえるのです。

②私は「漢語課本」の後、三冊のテキストをやり、そろそろ実際に中国人と話す練習をやりたいと考え、中国人留学生を紹介してもらいました。
その留学生にはじめて会ったとき、「どんなレッスンをしたいのですか?」とたずねられて、「私には話す練習が不足しているので、あなたとは、毎回テーマを決めておしゃべりをしたいのです」という内容が、中国語で自然に口から出てきました。
これは、話そうとするイメージを頭に浮かべた瞬間に、「漢語課本」の中にあったいくつかの会話をもとに、それらをミックスした中国語として、口からスムーズに出てきたのです。
あるテキストを身につければ、そのテキストのレベルの範囲で、話すことができるようになるのです。

★音読、筆写トレーニングのやり方

①一つの課の「本文」「会話」「閲読短文」「例文」を10回音読します。時間があれば一日に二課進もうが、三課進もうがかまいません。
②各課を10回ずつ音読して、先へ先へと進み、全課終わったら、またはじめの課にもどって、10回ずつくり返します。こうして、すべての課を100回ずつ音読します。
③101回目からは、音読を1回したら、その部分を鉛筆なりボールペンで、紙に書き写します。音読と筆写ワンセットで、それを200回までくり返します。
まとまった内容を持つ本文や会話は、ひとまとまりを始めから終わりまで読んでから、まとめて書き写します。

★音読の注意

①ポーズに注意する
音読を始める前に、テープをよく聴いて、どこで区切られているか確認します。ポーズがどこにあるのかを確認するのです。
句読点符号のある場所はもちろんポーズがあります。しかし、句読点符号のない部分でも、ほんのわずかですがポーズがあります。そこは意味の切れ目なのです。そこをしっかり聞き取って、テキストに目印をつけましょう。
私はレ点をつけました。
そして、音読するときには、そのポーズに注意して読みます。

②音読しながら、単語や文の意味をイメージする
ただ、口を動かすだけの音読ではダメです。ただの口の運動練習になってしまいます。意味を意識しながら読むのです。はじめのうちは、ゆっくり読みながら、意味をイメージします。
慣れてくれば、テープと同じ速さで読んでも、意味をイメージできるようになります。

500ページの中国語を頭に入れる方法は、これだけです。
だまされた、と思った方はいますか? そういう方には一言申し上げます。外国語の習得とは、結局自分の頭の中に中国語を入れることから始まるのです。このプロセスを省略したら、決して中国語を使えるようにはなれません。

これは、とても時間がかかる方法です。しかし、考えてみてください。私たちが流暢に使っている日本語は、幼児の頃から高校生ぐらいまでの間に、繰り返し繰り返し、何度も聞き、読み、自分で口にし、手で書いて、覚えてきたのです。
たとえ基礎や初級といえども、わずか二、三ヶ月や半年で身につくはずはありません。一年や一年半は、わずかな時間ではありませんか。

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暗記の達人、チベット医学僧

中国語の学習法は、まず暗記であって、暗記の方法は、テキストをくり返しくり返し音読して暗誦できるようにすることである。
私は、こう信じています。そして、実際に500ページのテキストを丸暗記しました。
人間の頭は、たとえ私のような中古品の頭脳であっても、驚くべき記憶能力を秘めているのです。若い人であれば、その能力は、一つの医学体系をそっくり頭に刻み付けることもできるほどなのです。そのことを、私は昔見たテレビのドキュメンタリー番組で教えられました。

七、八歳の少年たちが、薄暗い僧院内で必死に暗誦している姿を、テレビのドキュメンタリー番組で見たことがあります。彼らは古くから伝わるチベットの伝統医学を学ぶ少年たちでした。
竹(木かもしれませんが)の短冊状の板が紐でつながれていて、そこにチベット文字が書かれています。それが何百年も前から伝わってきた、チベット医学の教科書なのです。
少年たちは、その医学書を手に持ち、体をゆすってリズムを取りながら、無心に音読し、暗誦しています。
定期的に試験があって、老人僧が少年たちの暗記の成果をチェックします。暗誦できるかどうかをチェックするのです。少年たちは、指示されたある書物のある文章を、完璧に暗誦しなければなりません。できなかった少年は老僧から厳しく叱責されます。

チベット医学の書物は、病気についてかかれたもの、治療法、薬草学など、何百巻にも及びます。チベット医学僧は、それらをすべて、20歳くらいになるまでに、暗記しなければならないのです。暗記できなければ医者になることを認められず、他の仕事につくしかありません。
ここで医学を学ぶ少年たちは、多くが貧しい家の子どもで、口減らしのために僧院に預けられたものがほとんどです。彼らは、僧院を追われれば、また日々の食事もままならぬ生活に舞い戻るしかないのです。
それだけに、彼らは生活をかけて、いや、命をかけて、暗記に励むのです。

七、八歳といえば、まだ文字さえきちんと読めない年頃ですが、彼らは、老僧や先輩僧の読み方を真似し、とにかく、医学書を片端から、暗記し、暗誦してゆくのです。
暗記を続けた僧たちは、20歳頃には何百巻もある医学書を、すべてそらんじることができるそうです。

いわゆる講義のようなものは一切ありません。来る日も来る日も、少年たちは医学書を前に、暗誦できるまで音読を続けるのです。
音読を続ければ、早い遅いの違いはあっても、最後には暗誦でできるようになるのです。

私は、驚きました。勉強、学習というものは、せんじつめれば暗記なのだ、ということをこれほど鮮烈に思い知らされたのは初めてでした。
このドキュメンタリーを見たのは、私が中国語を暗記学習しようと思い立つはるか以前のことでしたが、中国語の学習は暗記なくして進歩なし、と私が考えたのは、このドキュメンタリーの影響も大きかったと思います。

医者は、患者を前にして、医学書を参照しながら診療するわけにはゆきません。頭脳に刻印された知識を頼りに、その場で病気を特定し、治療法を即座に決定し、薬を決めなければなりません。医学僧に暗記が求められるのは当然のことなのです。

私たちの中国語学習も同じだろうと私は思います。とにかく頭の中に、中国語が入っていなければ、中国人を目の前にして、彼が話していることを理解できないし、自分の考えを彼に伝えることもできません。

基本的な中国語の運用法を、テキストを完全に暗記することによって身につける。何度も、何度も音読することによって。
時間はかかるかもしれませんが、これこそ、もっとも確実な方法なのです。

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やっぱり暗誦〈暗記)が最強の学習法だった/中国人の外国語上達の秘訣

私の知人である中国人留学生は日本語がとても上手です。彼女は日本にきてから初めて日本語学校で日本語を学び、わずか1年で、外国人対象の日本語検定試験に合格し、日本の大学に入学しました。
私が彼女と知り合ったとき、彼女は大学4年生でしたが、知らない人が聞いたら日本人だと思うほどに彼女の日本語は流暢で正確でした。
私が台湾で仕事をしていたとき、私の通訳を勤めてくれた女性は、日本留学3年で台湾に帰国した人でしたが、彼女の日本語も正確で美しい日本語でした。
どうして、彼女たちは短期間に外国語である日本語に上達したのか。私は不思議でした。たとえば、私は英語を中学、高校、大学あわせて8年もやったのに、まったく英語をしゃべれなかった。それなのに、彼女たちは、信じられないほどの短期間に日本語をマスターしているのです。
私が長い間知りたかった秘密が、ある日のネットサーフィンで見つかりました。
私たち日本人が軽視している、「暗誦」がその秘密でした。
ここにご紹介するのは、韓国で日本語を教えているかたが、中国人の外国語上達の早さに驚いて、中国人に聞いた外国語の学習法です。それは、ホームページ「日本語屋さん@かんこく」の中の「外国語学習法」のページにありました。
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今いる先生は、韓国に来て4年ほどだとのことだが、どんな話でも韓国語でできる。日常的な話題から、社会問題、歴史などにわたって、どんな内容の話でも韓国語で楽しめるのだ。
今日また、中国のハルビンから来た留学生に会った。その留学生は、ヨンセ大学の大学院で韓国語学を専攻している。韓国に来てから2年、その前に中国の大学で韓国語を専攻したという。韓国語学習歴は通算6年になるわけだ。その人も、まるで韓国人のように自然な韓国語でいろいろな話題を楽しんでいた。
そのとき、以前から疑問だった、中国人の外国語上達の秘訣について知りたくなり、質問した。
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詳しくは、こちらをお読みください。
中国人の外国語学習法

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中国語を話せるようになりたいなら暗記しましょう

中国語を「ある程度話せる」ようになるのは、それほど難しいことではありません。
しかし、「かなり流暢に話せる」ようになるためには、厳しいトレーニングを積み重ねなければなりません。

私たちは、何年間も英語を学んだのにいっこうに英会話ができないというトラウマをもっているため、一つの外国語を、そこそこのレベルであっても話せるようになるのは、とてつもなく困難な大事業だと思いがちです。街のいたるところに林立する英会話学校なるものも、学校で習った英語など役に立たないから、わが校へいらっしゃいと呼びかけています。

しかし、学校英語を勉強しただけで、ある程度英語を話せるようになった人はたくさんいます。つまり、勉強の方法が問題なのです。
基礎的なテキストを4~5冊暗記してしまえば、「ある程度話せる」というレベルには、容易に到達することができます。
私たちは、中学校3年間の英語教科書や、高校時代の英語教科書を、真剣になって暗記したことがあったでしょうか。私にはありませんでした。暗記を薦める教師にもめぐり合いませんでした。
基礎的なテキストの全文を、完全に暗記すること、これが「ある程度話せる」ようになるための必須の勉強法なのです。時間はかかりますが、もっとも効果的な勉強法です。
中学校や高校の先生たちが、なぜ生徒にテキストの暗記を薦めないのか、私には理解できません。

暗記するのに先生は必要ありません。テキストとテープまたはCDがあればできます。
ですから、外国語は(中国語も)、基本的には独習で身につけることが可能であると私は思っています。

「暗記」と聞くと、尻込みするかたが多いようですが、暗記を避けていては、外国語は習得できません。
私は記憶力が悪いから、暗記なんて無理だと思われる方も多いと思います。しかし、暗記は意外に簡単な作業です。
理解した文章を、繰り返しCDで聞き、繰り返し声を出して読む、繰り返し筆写する。ただこれだけです。
無理に覚えようとしないで、何回も繰り返しているうちに、自然に覚えてしまい、テキストの文章を暗唱できるようになります。
何回もというのは、十回や二十回ではありません。最低でも百回。それでも覚えられなければ、二百回繰り返す。その一冊目のテキストを暗唱できるようにならない限り、次のステップへは進めないと覚悟して、繰り返します。
一冊目のテキストを、はじめから終わりまで、よどみなく暗唱できるようになり、暗唱しながら書けるようになったら、そのテキストは終了です。

不思議なもので、二冊目のテキストから暗記が飛躍的に速くなります。一冊目では二百回くりかえしてやっと覚えたのに、二冊目では百五十回あるいは百回で暗唱できるようになったりします。
これは、一冊目の内容を完全に暗記した結果、文章の構造、文法などが頭に刷り込まれて、単語と単語の結びつき方が分かるようになったためです。

それでは、どんなテキストを暗記すればよいのか。
私は、以前にも紹介しましたが、下記のテキストを使いました。
①NHKラジオ中国語講座 6ヶ月ぶん
②実用漢語課本Ⅱ
③新中国語4
④新中国語5
⑤生活中国語
⑥実習中国語

「生活中国語」と「実習中国語」は、五十回程度音読した後、主として日本語訳を見ながら中国語に復元する練習をやりました。日本語を見て中国語が即座に言えるようになるまで繰り返しました。純粋な意味での暗唱はやりませんでした。

これだけのテキストをやると、「ある程度の会話」は楽にできるようになります。
「旅行中国語会話」といった類の参考書を一冊暗記してしまえば、中国や台湾を一人で旅行しても、それほど不自由を感じないで、用を足せるようになります。旅先で知り合った人々と、まごつきながらでも会話できます。しかし、議論するのは無理です。議論は、「かなり流暢に話せる」ようになるまでは無理です。

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語学は暗記と覚悟すべし
丸暗記なくして中国語の習得なし

★中国語が「できる」とは、どういうことなのか?
台湾から帰国して、中国語への再チャレンジを決意した私は、まず学習法を考えました。
台湾での失敗を二度と繰り返さないためにも、絶対に中国を話せるようになるためにも、どんな学習方法をとるべきなのか。

(私の台湾での中国語学習失敗体験記は、左記カテゴリー「学習失敗体験記」をお読みください。)

そして、最初に考えたのは、「中国語ができるとはどういうことなのか」でした。
聴いて理解できる、読んで理解できる、書ける、話せる……こういう人が「できる」人でしょう。

「聴いて理解できる」ということは、中国語の音が、一つ一つの単語として聞こえ、その単語の意味が分かり、さらに単語が構成している文の構造が分かり、文の意味が分かるということです。
このように理解できるには、単語の意味を知っていなければなりません。
さらに、文の成り立ちの仕組みを知っていなければ成りません。
中国語の単語(日本語の意味とセットになった単語)と文法の知識が、頭の中に入っていなければ、聴いて理解できないのです。

「読んで理解できる」ということは、漢字の読み方が分かり、漢字が構成する単語の意味が分かり、さらに文の構造と意味が分かるということです。ここでも漢字と単語が日本語の意味とセットになって頭の中に入っていなければなりませんし、文の構造の知識つまり文法の知識も頭の中に入っていなければなりません。

「書く」ということは、頭の中から中国語を取り出して書くということです。中国語の単語や文の構成法が、あらかじめ頭の中に入っていなければ、一行だって書けません。

「話す」ということも同上です。

★中国語ができるとは、頭の中に、中国語がインプットされていること
読んだり聴いたりするときには、頭の中の中国語(もちろん日本語の意味とセットになっている)と照らし合わせて理解する。
書いたり話したりするときには、頭の中の中国語を状況に応じて取り出してくる。
これが、中国語ができるということなのだろう、と自分なりに結論づけました。
何を当たり前のことをグダグダ書いているんだと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、私にとって重要だと思ったのは、
頭の中に中国語がインプットされていなければ、読めない、聴けない、書けない、話せない」という点でした。

★私の覚悟…中国語の学習とは、中国語を頭にインプットすること、つまり暗記すること
中国語への再チャレンジを決意して約1ヵ月後、私の中国語学習の基本戦略が決まりました。

「できるだけのたくさんの中国語の単語と文を頭に記憶させること」。

そして、入門レベルのテキストの丸暗記から始めました。私の手元には、台湾駐在時代に家人から送ってもらったNHKラジオの中国語講座のテキストが1年分ありました。台湾時代にはそれらをまったく使わなかったのですが、今回はその半年分のテキストとテープから始めることにしました。

その後、初級レベル、中級レベルのテキストを5冊ほど丸暗記しました。たいへんな時間がかかりました。覚えては忘れ、また覚えなおしては忘れるということを何度も繰り返しました。今でもそれらのテキストを繰り返し暗唱しています。
本当に「グズでノロマな独習法」なのです。

そんな独習が3年続いたある日、奇跡が起こりました。知人に紹介された中国人の前で、意識することもなく中国語で話している自分を発見したのです。

(私がどんな教材を、どのように使って、丸暗記に挑戦したのかは、カテゴリー「入門はNHKラジオ講座で」と「初級レベルの学習法」をお読みください。)

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