語学は暗記と覚悟すべし
丸暗記なくして中国語の習得なし
★中国語が「できる」とは、どういうことなのか?
台湾から帰国して、中国語への再チャレンジを決意した私は、まず学習法を考えました。
台湾での失敗を二度と繰り返さないためにも、絶対に中国を話せるようになるためにも、どんな学習方法をとるべきなのか。
(私の台湾での中国語学習失敗体験記は、左記カテゴリー「学習失敗体験記」をお読みください。)
そして、最初に考えたのは、「中国語ができるとはどういうことなのか」でした。
聴いて理解できる、読んで理解できる、書ける、話せる……こういう人が「できる」人でしょう。
「聴いて理解できる」ということは、中国語の音が、一つ一つの単語として聞こえ、その単語の意味が分かり、さらに単語が構成している文の構造が分かり、文の意味が分かるということです。
このように理解できるには、単語の意味を知っていなければなりません。
さらに、文の成り立ちの仕組みを知っていなければ成りません。
中国語の単語(日本語の意味とセットになった単語)と文法の知識が、頭の中に入っていなければ、聴いて理解できないのです。
「読んで理解できる」ということは、漢字の読み方が分かり、漢字が構成する単語の意味が分かり、さらに文の構造と意味が分かるということです。ここでも漢字と単語が日本語の意味とセットになって頭の中に入っていなければなりませんし、文の構造の知識つまり文法の知識も頭の中に入っていなければなりません。
「書く」ということは、頭の中から中国語を取り出して書くということです。中国語の単語や文の構成法が、あらかじめ頭の中に入っていなければ、一行だって書けません。
「話す」ということも同上です。
★中国語ができるとは、頭の中に、中国語がインプットされていること
読んだり聴いたりするときには、頭の中の中国語(もちろん日本語の意味とセットになっている)と照らし合わせて理解する。
書いたり話したりするときには、頭の中の中国語を状況に応じて取り出してくる。
これが、中国語ができるということなのだろう、と自分なりに結論づけました。
何を当たり前のことをグダグダ書いているんだと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、私にとって重要だと思ったのは、
「頭の中に中国語がインプットされていなければ、読めない、聴けない、書けない、話せない」という点でした。
★私の覚悟…中国語の学習とは、中国語を頭にインプットすること、つまり暗記すること
中国語への再チャレンジを決意して約1ヵ月後、私の中国語学習の基本戦略が決まりました。
「できるだけのたくさんの中国語の単語と文を頭に記憶させること」。
そして、入門レベルのテキストの丸暗記から始めました。私の手元には、台湾駐在時代に家人から送ってもらったNHKラジオの中国語講座のテキストが1年分ありました。台湾時代にはそれらをまったく使わなかったのですが、今回はその半年分のテキストとテープから始めることにしました。
その後、初級レベル、中級レベルのテキストを5冊ほど丸暗記しました。たいへんな時間がかかりました。覚えては忘れ、また覚えなおしては忘れるということを何度も繰り返しました。今でもそれらのテキストを繰り返し暗唱しています。
本当に「グズでノロマな独習法」なのです。
そんな独習が3年続いたある日、奇跡が起こりました。知人に紹介された中国人の前で、意識することもなく中国語で話している自分を発見したのです。
(私がどんな教材を、どのように使って、丸暗記に挑戦したのかは、カテゴリー「入門はNHKラジオ講座で」と「初級レベルの学習法」をお読みください。)

