中国語テキストを、ひたすら音読する効用
テキスト音読の効用とはなんでしょうか?
まず第一に、テキストの内容が頭に入ることです。このことを私は「暗記」という言葉で表現してきました。外国語の先生方の中には、外国語は暗記するものでなない、などと書いたり話したりする方もいらっしゃいますが、だまされてはいけません。
暗記は、何か非効率的で、強引で、乱暴な学習法のような気がしますが、結局は、最も効率的で理にかなった学習法だと私は確信しています。
ただ、音読/暗記は、文の構造を文法的にきちんと理解し、文の意味を明確に理解したうえで行われなければなりません。意味のわからない中国語をやみくもに音読/暗記するのは意味がありません。そんなことをしても苦痛を感じるばかりです。
文の構造や単語の意味、文の意味を意識しながら続ける音読は、テキストをそっくり頭に刷りこみつつ、中国語の文の構成法の原理原則も同時に頭にインプットしているのです。
何百回とくり返す音読は、佐伯智義著「科学的な外国語学習法」でいう外国語の「神経回路」を作る最も効果的な方法なのです。
何度も同じテキストの音読を繰り返すのは、時として、その単調さが苦痛になることもあります。他のテキストを読みたくなります。しかし、そこを我慢して、テキストの内容を暗誦できるまで頑張ることで、頭の中に中国語の基礎がしっかりとできあがるのです。
第二は、音読は「中国語を使う」ことの「疑似体験」であるということです。
日本で学習する私たちの身の回りには、中国語で話さなければならない状況はほとんどありません。一生懸命理解した中国語を自分で実際に使う機会がないため、なかなか使えるようにならない。
読んで理解できる人は多いけれど、話したり書いたりすることが不得手だという人が多いゆえんです。
私たち日本人が日本語を学んできた過程は、ある状況で親や先生や友達が話した日本語を、何百回も、何千回も耳にし、それを同じような状況で自分でもしゃべる。間違ったり、うまく話せたりということを何度もくり返してきたわけです。
中国語では、その繰り返しのプロセスを実生活で体験できません。ではどうしたらいいのか。中国語の本(テキスト)を何度も音読することで繰り返し同じ表現に触れ、自分の口から表現する練習をするのです。ロンブー・カトー著「わたしの外国語学習法」では、本(テキスト)を読むことは「外国語の小風土」に自分を投げ込む最も良い方法であるといっています。つまり外国語が使われている世界〈テキストの世界)に自分が入り込み、そこで話されていること、書かれていることを自分も体験することができるというわけです。
しかも本を読むことは、同じ表現に何度でも触れることができます。本(とテープ)は、私たちの要求にこたえて何度でも同じ表現を見せて〈聞かせて)くれます。実生活で中国語の先生や中国人の友人に同じことを何十回も聞くことはできません。相手だってうんざりするでしょう。しかし、本は、黙って何度でも正しい中国語を私たちに教えてくれるのです。

