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筆写100回の奇跡/「新中国語」の学習③

「新中国語4」と「新中国語5」の音読を100回やり終えてから、ふと思いついて、1回音読したら、1回ノートに書き写すということを始めました。
漢字を読めても、確実に覚えてはいないようだと感じたからです。はじめは、単語を書く練習をしていたのですが、どうせ書くなら文章丸ごと書いてみようと思い立ち、テキストの本文も例文も、そっくりそのままノートに書き写す練習を始めたのです。
書き写すことは、音読以上に時間がかかります。でも、先を急ぐ理由のない私は、時間をかけて筆写しました。
そして、40回、50回、60回と筆写を繰り返すうちに、驚くべきことが起こりました。

中国語が、外国語だとは思えなくなってきたのです。

あの感覚をどう表現すればよいのでしょうか。テキストの文章のすべてが、昔から知っていた言葉のように感じられるのです。
外国語であることに違いはないのですが、外国語のように感じない。異質感がなくなったというか、苦手感がなくなるというか、あたりまえの言語のように感じ始めたのです。ずっと前から慣れ親しんでいたあたりまえの言葉のようになった。

何度も読んだテキストですから、内容はほとんど暗記しています。ほぼ中国語で暗記できています。
そのテキストをさらに音読しながら書き写すと、中国語が親しみある言語に変化する。自分の言葉になったような気がし始める。
構文の一つ一つが、まさにその構文でなければならないんだという確信のようなものが生まれてくる。

たとえば、中国語の「就」という語は、なかなか使いこなすことができません。文法書を読んだり、辞書を読んだりして、理屈として使い方を理解しても、いざしゃべったり書いたりすると、「就」を使えない。
ところが、テキストの筆写を50回、60回と繰り返した結果、どんな場合に「就」を使わなければならないかが、自然にわかってくるのです。
たとえば、別のテキストを読んでいて、ここには「就」がないとおかしいな、と感じるところには、必ず「就」が来る。そういう感覚が生まれてくるのです。
これを「語感」というのでしょうか。
私は、このような感覚が生まれたときこそ、中国語の基礎が頭の中に築かれつつあるのだと、思っています。

音読200回、と筆写100回。
それは、中国語の基礎を頭に練りこむことができる、もっとも簡単で、もっとも効果的な方法であると思います。

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